DV

はい。

さとぼうさです。



DV 



わたしは

子どもの頃から


両親や先生や

クラスメイトなどから


人格を否定するような

精神的な暴力や

殴られたり蹴られたりの

身体的な暴力


というのは

あたりまえに体験してきて


世の中にDVという概念が

あることは知っていたけど

自分が体験してきたそれらより

もっともっとひどい体験を

してきた人のためのことだと

思っていたので

自分には関係ないことだと

思って生きていました。


自分がどこか悪いから

自分が何か間違えたから

そうされて仕方ないけど

そうじゃないのに

そんな目にあうなんて

大変だな、かわいそうだな

ってくらいに思っていて


なんにもないのに

暴力されるのは許せないけど

自分がどこか悪いのなら

暴力されてもあたりまえだ


と自分に対しては

暴力されても許されるだけの

落ち度がある存在なのだと

受け入れて諦めていました。


社会人になってからは


パワハラ?

モラハラ?

セクハラ?


のように感じる場面に

何度も遭遇して


困ったときは本に頼ることを

していたわたしはあるとき図書館で

ふとDVに関する1冊の本が目に留まり


自分には関係ないか、、

自分はここまでひどくないけど、、


と思いながらも

手に取ることを止められず

その場でパラパラと読んでみたら


自分の目から

涙がポロポロポロこぼれてきて


あれ?

自分の体験してきたことって

まさかDV そのもの?

あれ?

いまのわたしの状況って

これのこと?

え?まさかわたしが?


とやっと自分の苦しさに

自分で気づいてあげられたような

瞬間でした。


でも涙は出てくるし

胸はドキドキしてくるし

自分の身体の反応が凄まじく

普通にしていられなかったので

人目が気になったわたしは

すぐに本を棚に戻して

図書館をから出ました。


あの本を借りたら

自分がDV で困っている人だと

図書館の人に思われるかもしれない

それはいやだ


そう思ってそのDV の本は

それ以上読まず


いや、わたしは自分のことを

ひどい状況に思いすぎているだけ

わたしはまだ大丈夫

わたしはまだマシ

わたしは違う


そう自分に言い聞かせて

またいつも通りの

しんどい人間関係の中に

戻っていきました。


あれから5年以上

しんどい中、自分はまだ大丈夫を

続けて潰れてしまったとき

やっとDV に関する書籍を

読み漁れるほどになりました。


読みながら自分のために

たくさん泣きました。

泣かずにずっと耐えてきた自分の

苦しさを解放するように

ひとりでたくさん泣きました。


知らないうちに

自分を誰かの憂さ晴らしの道具

として差し出してしまっていたこと

自分はなにも悪くないこと

自分はそんなふうに扱われていい存在ではなかったこと

健全な人間関係の在り方があること


ほんとうに悔しかったです。