関心を向けられると固まる

幼いわたしは両親が大好きで

両親がわたしに関心をもつことは

とてもうれしいことでした


大好きな人から

関心をもたれることは

うれしい


でもその関心から


心配

過保護

過干渉

制限

禁止

監視

見張り

束縛

体罰


と不快なやりとりが発生して


大好きな人から

関心をもたれることは

くるしい


に捉え方が変わり


わたしに関心を

もたないでください


という前提で

行動する癖がつきました


自分にくるしい思いを

させないように

自分で自分を守るために

幼い自分が思いついた

ひとつの作戦


親以外の場面でも


わたしに関心をもつ人には

嫌ってもらえるように

自動的に接してしまう


そんな癖がついていると

気づいていないわたしは


親密な関係が築けない

相手にされない

愛されない

嫌われる


とさびしく悩んでいたわけです


まさか自分から


親密にさせてなかった

相手にさせてなかった

愛させてなかった

嫌わせていた


なんて、、

衝撃を受けましたが

あの環境ではこうなっていても

仕方ないわなぁと自分を理解しました


心のことを学び始めると

自分で自分を愛するとか

自分と仲直りするとか

自分で自分に関心を向けることを

していくんですけど


わたしの中の

もうひとりの自分は


わたしに関心を

もたないでください


の態度なので

抵抗が激しくて大変


もうその作戦やめてもいい

関心をもたれてもいい


という魔法の言葉を言うと

すごく怯えてしまう


関心をもたれた出来事が起こると


例えば


誰かに大好きと言われたり

ブログの読者がふえたり

アクセスがふえたり

コメントが入ったり

紹介されたり


ある一定のところまで

踏ん張るけれど

怖くなって


大好きと言った人と縁を切る

ブログを削除する


など逃げてしまう


それでもまた戻って

自分で自分に関心を向け

自分を表現して誰かに

関心をもたれることに

慣れていく


受け取る


親密にさせてあげる

相手にさせてあげる

愛させてあげる

わざわざ嫌わせない

つなげていく


受け取ってから

受け取りっぱなしでもいいし

好き嫌い、快不快など

自分はどうしたいか

また選び直せばいい


昔は幼い自分を守るために役に立った

作戦が、いまの自分にはもう通用しないとか、むしろ妨げになっていたりすることがあります


その作戦に気づいて、お礼を伝えて、手放して、いまの自分に適切なものに取り替えていけるといいですね