愛するとはどういうことか

さとぼうさの「愛する」とはどういうことか?について


愛しているとか

愛されているとか


人によって意見は様々ですが、

さとぼうさの行きついた「愛する」について書きたいと思います。


愛ってなんだ?

ぜんぜんわからなくて

結婚したいと思える人がいなくて

もし子どもを産んだとしても

愛するとか愛されるとか

わからないしできないし

でも愛されてみたいし

それを実感してみたいし

それがわかったのなら

誰かを愛したいし

子どもも愛したいと思う、、、


独身の頃そんなふうに思っていて

「無条件の愛のセミナー」みたいな

講座に通って勉強している時期が

ありました。


それでもわからなくて、、、。

あれから何年かたって、ようやく言語化できるくらいにまとまりました。


誰かから愛されているかどうかというのは、他人の範疇なので、自分のことを愛してもらおうと他人の気を惹くことは、無駄。


自分の力で、できることというのは「愛する」しかない。


そして、それは自分で自分を愛することと、他人を愛することの2つ。


ひとつめの自分で自分を愛することとは、ダメな自分も素晴らしい自分もありのままの自分をまるごと認めること。


ふたつめの他人を愛することとは、ダメな自分も素晴らしい自分もありのままの自分をまるごとみせていくこと。


そして他人から愛されるというのは、その人のダメなところも素晴らしいところもありのままのその人をみせてもらえるということ。

自分のダメなところも素晴らしいところもありのままの自分をみてくれる他人がいること。


これは、わたしが子どもを産んでから、自分の子どもから受け取ったメッセージです。


子どもは、ありのままの自分をまるごとみせてくれる、親のわたしは、子どもからものすごく愛されいるなぁと感じるのです。